日本遠望 英国編(共同通信)

えー、ロンドン時代の話ですが、共同通信が全国地方紙に向けて配信した記事がありまして、当時ちょっと話題になって、それを読んでメールくれたり、訪ねてきてくれたり、かなりの反響がありました。

最近でも、あちこちのブログで取り上げてくれてたりします。

この記事は、ロンドンで知り合った、共同通信記者 小熊宏尚氏によって書かれました。当時、極寒の中、サウスケンジントン駅まで取材に来てくれたのですが、バスキングが終わって、駅長室に入って帰る手続きをする時、「外で待っててください」と言ったのに、私がドアを開けるなり、ドドドッーと中に入り、駅長に突撃インタビューしました。始めは、突然のことにあっけにとられましたが、「ああ、これがジャーナリスト魂なんだな。これくらいの事しないと興味深い記事は書けないのだろう。凄いなあ」と思った次第です(笑)。

さすがプロだなあ思うほど素晴らしい文章なので、私の生きた証としてブログに残しておきます。

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日本遠望より「一瞬の出会いに魂込め」、文 小熊宏尚(共同通信)

地下鉄音楽家(英国)

薄汚れた地下鉄構内を秋風が吹き抜ける。ロンドンの繁華街、サウスケンジントンに夜が迫っていた。それぞれの目的地へ急ぐ大都会の人波。通路に響くクラシックギターの調べが、風の冷たさを心持ち和らげていた。

「ママー!」。英国のロックバンド、クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の一フレーズを、聞こえてくるギターに合わせて口ずさみながら、中年男が改札へ向かう。逆方向から6歳ほどの娘と歩いてきた女性は、立ち止まると娘に小銭を握らせた。「あの人に渡してね」。視線の先では、土門秀明(43)が折り畳みいすに座り、黙々とギターを弾いていた。土門のように駅構内で活動するミュージシャンはバスカー、演奏はバスキングと呼ばれる。彼らが奏でるメロディーは、入り組んだ壁に増幅され、退屈な地下通路を巨大な楽器に変える。

ビートルズなどオールディーズを一時間演奏すると、ギターケースに約8㍀(約1,500円)のチップが集まった。普段は二時間で数十㍀稼ぐが、人通りが減ったためこの日は早じまい。「稼がせてくれてありがとう」という思いを込め、がらんとした通路に一礼した。

土門は5年間、ほぼ毎日どこかの駅で演奏し、チップで生計を立てている。この日の仕事場、サウスケンジントン駅のマクレガー駅長は「(バスカーは)われわれの生活の質と環境を向上させている。駅にとっていいことだよ」と話す。

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▣イエスタデイ
土門は山形県酒田市で生まれ育った。ベイ・シティ・ローラーズや矢沢永吉をコピーし、文化祭などで演奏するギター少年だった。高校卒業後、バンドを率いて活躍する夢を胸に上京。人気デュオ、バブルガム・ブラザーズのバックバンドとして数年間活躍したが「自分のバンド」という初志を貫こうと、25歳のころ独立。しかし長続きせず、やがて広告代理店の社員に。

社長に次ぐ地位に昇進したが、社内での金銭トラブルに嫌気が差し、退社した。趣味で集めた約30本のギターを売って金を作り、2001年、ビートルズなどを輩出したあこがれの英国に移る。37歳だった。

二年後の03年秋、音楽仲間に誘われるままに、ロンドン地下鉄でのバスキングを得るためのオーディションを受けた。友人の演歌歌手との急造ユニットで北島三郎の「与作」を披露し合格、土門は英国初の当局公認、日本人バスカーとなった。

英国人の前でビートルズを弾くことに、最初はためらいもあった。だが現実には、ビートルズのイエスタデイと、もう一曲しかバスキングのレパートリーがなく「駅員に、たまには違う曲もやってくれと言われた」。

今、レパートリーは約30曲。朝はさわやかに「ユア・ソング」(エルトン・ジョン)、雨なら「虹の彼方に」(映画「オズの魔法使」劇中歌)。街のリズムや空気に合わせ、土門は音を紡ぐ。

▣同時テロ
05年7月7日朝。ロンドンの空気が激しく震えた。52人の犠牲者を出した地下鉄同時爆弾テロが起きたのだ。

大半の路線は翌日再開。土門が演奏の可否を電話で関係先に恐る恐る問うと、受話器の向こうの女性に「今こそバスカーの出番。頑張って地下鉄を明るくして」と気合を入れられた。乗客が激減した駅は、こわばった顔が行き交っていた。

「今日はチップは受け取らない。あなたのために歌う」

別のバスカーから引き継いだ、こう書かれた紙片を掲げ、土門は二時間「虹の彼方に」などメロディーが美しいスローな曲を、魂を込めて繰り返した。土門が演奏を終えて引き揚げる時、その紙はまた、別のバスカーに。「バスカー同士が戦友に思えた」。近くの駅では遺体収容が続いていた。

今年はロンドンを金融危機が直撃。景気も後退し、チップは減り気味だという。

日本でも最近はストリートミュージシャンの若者の姿が目立つが、彼らとバスカーは違うというのが土門の持論だ。「彼らには『おれの曲を聴け』という雰囲気があるが、ここではそれをやったら耳をふさがれる。ぼくらは脇役、通行人が主役。出会いの一瞬に、気持ち良く感じてもらえないと」

吹き込む寒風に指が凍える長い冬。酔っ払いに絡まれたり、不良少年に稼いだ金を奪われたりしたことは一度や二度ではない。

しかし、冷えた指をさすってくれるダウン症の子がいる。金を奪われる一部始終を見ていたインド系の紳士が、大枚をはずんでくれたことも。

目が見えず体も不自由なため、苦労して壁伝いににじり寄って来た老人から「なかなかいいね」と渡されたチップの〝重み〟に、心が震えた。「売れっ子だけでなく、さまざまなミュージシャンを生かし、敬意を払うロンドンの街はすごい」

大都会を癒すバスカーは、いつしか街の優しさに癒されていた。「人に優しく生きていこう」。自分の曲を世界に発信する夢を抱きつつ、土門はこう思っている。

平成20年10月29日地元朝刊掲載

Live in Tube2
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