Lonely Juliet =孤独なジュリエット=(生BGM付き)。

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拙著「地下鉄のギタリスト Busking in London(水曜社)」より

★5月25日(水曜日)雨
トッテナムコートロード駅・ピッチ1 14時〜16時

BGM「ロミオとジュリエット」

今日はトッテナムコートロード駅ピッチ1。ここには、少し苦い思い出がある。

その日、バスキングの終了間際にふらっと金髪の女性が近寄ってきた。とても綺麗な顔だちでスタイルもよく、服装もオシャレだ。年齢は20代前半くらいか。

「綺麗な曲ね、隣で聴いてていい?」

彼女は僕にぴったりと寄り添ってきた。ちょっと恥ずかしいが断る理由もないので、うなずいてそのまま演奏を続けた。

近くで見ると彼女は本当に美しく、まるで「ロミオとジュリエット」のジュリエットみたいだ。ちょっと抽象的だが、この表現が一番彼女にふさわしいと思う。

長くやっていると、たまにはいいことがあるもんだ。そのうち、なんと彼女は演奏中の僕の腕にしがみついてきた。(まいっちゃたなあ~)とのん気に心の中でにやけていると、彼女の腕がちらっと目に入った。

僕の演奏が止まった。

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「息をのむ」というのはこういうときに使う表現なのだろう。

彼女の手首から二の腕のあたりまで、びっしりと痛々しい切り傷のあとがあったのだ。反射的にもう一方の腕を見た。同じ状態だった。

僕が呆然としていると、彼女がヒステリックに怒鳴った。

「なんで止めるのよ! ちゃんと聴いてるじゃないの! 早く続けなさいよ!」

急に機関銃のようにしゃべりだした。ドラッグでもやっているのかもしれない。僕はできるだけ穏やかな調子で彼女に聞いてみた。

「その傷はどうしたんだい?」

すると今度は急に泣き出した。

「私は孤独なの。家族も友だちもいなくなってしまったの…」

彼女がそっと僕の手を握りしめる。

「二度とこんなことはしちゃいけないよ」とは言ったものの、そんな生易しい言葉で彼女が救われるとは到底思えない。傷跡は、悲惨すぎた。

そのうち、僕の次に予定していたイタリア人バスカーのジュゼッペがやってきて、彼女について教えてくれた。

彼女は美しく、そのうえ人を疑うということを知らなかったので、悪い奴にだまされ、薬づけにされ、強制的に働かされていたらしい。それが原因で精神に異常をきたし、今でもたまにトッテナムコートロード駅付近でうろうろしているのだそうだ。

ジュゼッペが、だれに言うでもなくつぶやいた。

「She is too beautiful and too pure… too sad… too sad…」

+++本日の稼ぎ 38ポンド+++

Sequel
結局、あれから二度と彼女に会うことはなかった……。

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